Oli Oli

日々のつれづれ

不細工な一日

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昨日のお昼に野菜具沢山味噌汁をたっぷりと作りました。

冷凍野菜ときのこを大活用。大根、人参、ごぼう、しめじ、えのき、舞茸、キャベツ。野菜から旨味が出るし美味しい味噌を使っているので出汁はとりません。

薄めの赤味噌で作って味を染み込ませておき、食べる前にお椀の中にスプーン山盛り一杯の味噌を足し、熱々の薄い味噌汁を入れ、味を整えるのが最近のお気に入り。

疲れていたのか、夕飯にはもう少し、もう少しと味噌を足してかなり濃いめになっちゃった。

塩っぱいな〜でも美味しいな〜 たっぷり2杯飲み干しました。

一抹の不安はあったのです。明らかに塩分取り過ぎ。

夜中、喉が乾いて何度も目が覚め、その度に白湯を飲みました。

 

そして今朝。

見事な不細工っぷり。

もともと綺麗ドコロではないけれど、それでも自分なりに妥協できるラインってあるじゃないですか。今朝は見るも無残な浮腫みっぷり。

目が開いてない。笑

二重の線が消え、平安絵巻のようなぷっくり膨らんだ一重の目。え、あなた誰ですか。

こんなんで外出したくない。。。不幸にも夕方仕事が入っている。それまでに何とかしなくちゃ!

湯船に湯を張り、朝風呂。マッサージ。ヨガ。

無駄な抵抗でした。

二重になるテープも貼ってみました。…かえって不気味。

考えうるあらゆる対策を施しましたが、浮腫んだ顔はびくともせず、前髪とマスクで隠すように仕事へ。

そして逃げるようにして帰宅。

 

自業自得なんですけどね。

体調が悪くても、寝起きでも、浮腫んでいても綺麗な人っているじゃないですか。もともとの顔立ちが整って美形なひと。

今日も仕事場で、風邪で目は充血し鼻をぐずぐず言わせマスクをしているスタッフがいたのだけれど、綺麗ドコロである彼女はそんな状態でも美しい。

美人っていいなあ。

 

生まれ持ったものは致し方ない。美容整形をしてみたいけれど、お金ないしな〜

せめて清潔感のあるオバサンになりたい。浮腫みきってオーラもドヨーンと淀んでいたら目も当てられないわ。

 

美味しいからって濃ゆい味噌汁を欲張って飲むものじゃありませんね。

大反省の一日でありました。

 

 

 

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ギー作り

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2011年インド 北の聖地リシュケーシュのトリベニガート。確か主婦を敬うお祭りの日だったと思う。


思い立って、アーユルヴェーダの万能オイル、ギーを作りました。

むかーし旅したインドでハマった食材ギー。

パンチャカルマというアーユルヴェーダの浄化療法を10日間受けたとき、食事も管理されて、蒸し野菜やキチュリというお粥にかかっていたのがギーでした。

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インドのお粥、キチュリ。黄色はターメリックの色。ピンク色のヒマラヤンソルト、白っぽいのが溶け始めたギー。

このギーがかかっているだけで味にコクが出て食感も変わってさらに美味しくなる。パンチャカルマが終わってからもギーを買ってベジスープやスチームベジにかけて食べてました。

インドで使っていたギー。牛の絵がカワイイ。リシュケーシュに2ヶ月ほど滞在していたので大瓶を買ってふんだんに使ってました。

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ギーは、発酵無塩バターを熱して水分やタンパク質・不純物などを取り除いた純粋な油。身体に塗ったり、鼻の穴にたらしたり、目を浸したり、もちろん食用にも使える万能オイル。牛乳から出来ているので無臭ではなく、乳臭い匂いがします。

今は日本でもカルディや成城石井などで手軽に手に入るようになりましたが、インド値段を知っているからバカ高く感じてしまいます。

何度か手に取ったのですが躊躇して。

そうしたら、無塩バターで簡単に作れるって聞いて、早速トライしてみました。

グラスフェッドバターが良いらしいけれど、それこそめっちゃ高いので、四つ葉乳業の発酵バター450gを2個用意。

土鍋にバターを入れ、弱めの中火でゆっくり溶かします。

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ポップコーンのような甘い香りが部屋中に漂います。そりゃそうだ、バターを煮詰めているのだもの。バターをかけたポップコーンが無性に食べたくなる時間です。

沸騰したら超弱火にして澄んだ黄金色になるまで。焦がしてしまうと焦げた味になっちゃう。焦げても食べられるらしいけれど、焦がしたくない。見極めに緊張しました。

火を止めて、不純物を濾しながら清潔なビンに移し替えます。わたしは陶製のコーヒードリッパーにコーヒーフィルターをセットして濾しました。

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ビン2本になりました。黄金色のギーはやがて室温でバターのように固まります。

出来立てのギーはタジン鍋で蒸した野菜にかけて、いっただきまーす!

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ギーには味がないので、野菜にはあらかじめ岩塩をガリガリと削ってかけて。うーん、Yummy。。。乾燥して干からびた肌が内側から潤うわ〜

オリーブオイルや亜麻仁オイルも美味しいけれど、ギーのコクはたまりません。それにアーユルヴェーダでは全ての体質の人に良い、とされているのです。

でも「良い」ってどんな風に?聞きかじりだったのでネットに落ちてる情報を拾ってみました。

www.timeless-edition.com

なになに?

中鎖脂肪酸が多いから体の負担にならず脂肪になりにくい、ビフィズス菌などの善玉菌を増やす働きのあるブチル酸も多いので免疫細胞を増やす働きもある

さらに

ドーシャのバランスをとり、消化機能を促進し、オージャスを高め、若返りにも作用すると考えられている

ほほ〜 これは信じた方が楽しそう。。。

療法では乳製品は禁止でしたが、ギーは推奨されました。その意味を今やっと知りました〜笑

ただし!過剰に摂取し続けては体に毒。ネパール人と結婚した友人が、ネパールの人もギーを毎日たくさん摂るから、結石になる人が多いのだって言ってました。

 

今度はキチュリも作ってみようかな。バスマティライスはないけれど、日本米だとどんな仕上がりになるのか試してみたいな。

体に良いものを摂り入れたいけれど、不味いのは嫌。美味しいギーなら継続して摂れそうです。

たっぷり2ビン作ったので、しばらくは重宝しそう。

 

 

 

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父に花を買う

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アイスクリームのような富士山。美味しそうww

入院している父へ花束を買って行きました。

父のために花束を買うなんて、何年振りだろう。いや、何年振りどころじゃない。初めてかもしれない。父の日に大ぶりな紫陽花の鉢植えをプレゼントしたり、いつの間にか骨折で入院したときに庭の花を持って行ったことがあるけれど、花束を買ったのは初めてでした。

6人部屋の父の居場所は窓際のベッド。明るくて開放感があるのでホッとしています。認知症のため、此処が病院で、自分が入院していることを何度言っても全然理解していないので、寝た状態でも青空が見えるのは気分が変わっていいんじゃないかな、、と勝手に思っています。

骨転移している癌の激痛が走るため、いつ行ってもほとんど同じ姿勢で仰向けになっている父。

同部屋の5人の方はみなさん父と同じような高齢のお爺さん。起き上がってテレビを観ているのはいつも同じ一人だけで、変な言い方だけれど元気だな〜と思います。父も含めあとの5人はテレビを観ているのを見たことがないから。。

男性ばかり6人部屋は殺風景で、なんとなく父の命が削られて行くような感じがして、花を飾ろうと思いました。 

 

今まで何度かお見舞いにお花を持って行ったことはあるけれど、生花をお見舞いにする、という意味が初めてちゃんと分かったような気がします。

生き生きしたお花の生命を入院している人に分けてあげたい。

そんな想いが切実な実感として胸に迫ります。

選んだのは、淡い黄色のストックと黄色い小ぶりのバラを中心とした春の花束。最近のバラは淡い匂いなんですね。

 

病室に行くと父は眠っていました。

入れ歯を外しているのか、眠る父の頬はこけて頭蓋骨の形がはっきりと分かるほどでした。けれど前回来た時よりも顔色が良くてちょっと安心。

ダイソーで買った花瓶に活けて持って行き、花の位置を調整していると父が目を覚ましました。少し屈んで父と目を合わせて呼びかけると、寝ぼけたような視線がだんだんとハッキリしてきて、『おう』と笑顔。

良かった。起きると顔色の良さが更にはっきり分かりました。

活けた花を見せるとさらに笑顔に。

この日父の両手は大きなミトンで保護されていました。点滴の管を抜いてしまうのかな。。。「お父さんの体を守るために付けているんだよ」と説明してみたけれど、1分もしないうちに忘れてしまうみたい。

 

枕元に置いた花たちにお願いをしました。

悪いけど、あなた達のそのエネルギーを父に分けてあげてね。

寿命が来ているのは本能的に分かる。自分勝手な願いだけれど、1日でも長生きして欲しい。わたしのために。まだ逝かないで。まだ生きて。100歳まで生きてよ。

 

帰るとき病室の出口で振り返ると、あれだけ何度も説明したのに、父は大きなミトンで覆われた両手を不思議そうに眺めていました。

 

医師からは入院中に逝ってしまう可能性もあると言われています。家族としての一致した思いは、病院ではなく入居していた施設か、ホスピスで天命を全うして欲しい。

わたし個人の思いは、家で畳の上で逝かせてあげたい。

もし病院で逝ってしまったら、迷ってしまうような気がするのです。だって、ここがどこで何故自分がここにいるのか分かっていないんだもの。

 

人って、認知症のまま逝っても、そのまま認知症なんだろうか。。。

制限された肉体から離れたら、全てが見通せて迷わず行けるのかな。

 

兄は父が施設を気に入っていると言います。「帰りたい」と言わないから気に入っているんだと思う、と。

一番始めに入居したグループホームでも、今入院している病院でも、家族が会いに行くと「迎えに来てくれたの?俺はどうすればいいの?」と繰り返し言う父。けれど入院前まで暮らし、今も部屋がある施設では「帰りたいと言わない。」と兄は言います。

でもわたしは、施設に会いに行った時「迎えに来てくれたの?」「じゃあ一緒に帰ろうか」と何度か言われているのです。

前の施設ほど嫌がってはいないけれど、今いる施設もここが居場所、とは思ってない。前の施設ほど嫌がってはいないけれど、別に気に入ってるわけじゃない。

でもそれを兄に伝えませんでした。

兄だって本当は分かってる。けれどそうやって自分を納得させているのだな。

 

なんでも口に出して言葉にすることが良いとは限らない。

お互い分かっていて、あえて言葉を飲み込むことが良い場合だってある。

 

そんなことを病院からの帰り道、思っていました。

 

 

 

 

 

 

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